・ 研究の目的 ・ 領域研究の意義 ・ 一般の方へ(細胞内ロジスティクスとは)

研究の目的

 真核細胞内部においては各種のオルガネラ間をタンパク質や脂質などが盛んに往来し、複合的な物流が形成されている。このとき物質は、膜構造のダイナミックな変化−分裂・伸縮・移動・融合等−を多数のタンパク質が巧妙にコントロールするメンブレントラフィックと呼ばれる仕組みによって移動する。ゴルジ体の発見から約100年を経て、驚くべき精緻さを持った物流システムによってオルガネラがネットワーク化され、幾多の重要な生命機能を遂行している様子が垣間見え始めている。
 最近の研究の進展とともに、この細胞内物流システムの実体が単なるA地点からB地点への物質運搬ではなく、細胞内で合成された分子や細胞内外から取り込まれた分子を、必要なとき必要な場所に必要なだけ効率的に運ぶという複雑な制御を行っている事実が浮かび上がってきた。つまり膨大な量の分子往来に対し、細胞、ひいては組織や個体全体を見渡した統括的な物流管理がなされており、その様子はまさに経済用語のロジスティクス(Logistics)、すなわち「原材料の調達から製品消費までのものの流れの総合的なマネジメント」そのものである。人間がロジスティクスの必要性に気付く遙か以前から細胞はそれを実践していたと言えよう。
 この物流システムは細胞膜とも接続し、外部からの物質や情報の取り込み、あるいは外部への物質放出や情報発信などにも直結する。すなわち細胞の対外活動において最前線となる細胞膜の後方支援機構(兵站=Logisticsの原意。したがって細胞内物流システムは2重の意味でこの語が当て嵌まる)として機能しており、個々の細胞の生存のみならず神経、内分泌、免疫系に代表される、多数の細胞を統合する高次生体機能をも担っている。それゆえ、ヒトをはじめ高等多細胞生物では高度に発達・複雑化した細胞内ロジスティクスへの依存度が高く、その障害や破綻は疾患の原因となる。主要な物流経路である分泌経路、エンドサイトーシス経路、オートファジー経路は各々多岐に亘る機能を持ち、また各経路・オルガネラが細胞種に特化した機能を持つ場合も多く、その異常による疾患も非常に多彩である。また細胞内物流システムは病原体の分解除去に働く一方、それを撹乱・利用して細胞内侵入、寄生、増殖を果たす「進化した」細菌・ウイルス・原虫も数多く知られていることから、その分子機構の理解は感染症制圧に不可欠である。そこで本領域では、病態の理解という他分野や社会への波及効果の大きい目標に特化し、さらに本領域が世界から一歩抜きんでるために、従来型手法に留まらず情報科学・工学及びケミカルバイオロジーとの融合研究を展開する。


領域研究の意義

 欧米ではこのような細胞内物流システムの研究は細胞生物学の根幹となっている。翻って我が国では、比較的研究者人口が少ないものの質的には優れた研究が積み重ねられており国際的コミュニティに一定の地位を持つに至っている。海外の大波に翻弄されずに確乎とした地歩を固める上で、この約10年間に2度に亘って実施された関連特定領域研究 −『小胞輸送−細胞内メンブレントラフィックの分子機構』(平成10-13年度)及び『メンブレントラフィック−分子機構から高次機能への展開』(平成15-19年度)− の貢献度は大きい。人口の少なさをカバーし効率的に全体の嵩上げを図ろうとするときグループグラントは大きな威力を発揮する。また第2期の特定領域研究における公募研究の応募件数の多さからも分かるように、国内コミュニティの育成にも寄与してきた。過去の特定領域研究の成功によりいわば足場が組まれた今、本研究分野が更なる高みに達するには、これまでの蓄積を基に、的を絞り先鋭化した強力なアプローチを行う先頭集団が分野を牽引する必要があるとの考えに立脚し、本新学術領域研究『細胞内ロジスティクス』を計画するに至った。


一般の方へ(細胞内ロジスティクスとは)

細胞の中の物流を臨機応変に調節する「細胞内ロジスティクス」が生命を支える
  1. 本領域の目的
     ひとつの宇宙とも言うべき細胞内部には、メンブレントラフィックと呼ばれる輸送システムによって人間社会のような交通網が形成されています。そこでは細胞・組織・個体全体の状況に応じたきめ細かな調節により物質の流れが統合的に管理されており、それがうまく働かないといろいろな病気になることが最近わかってきました。私達は、このような仕組みを細胞内ロジスティクスと名付け、それがどのようにして実施されているのか、またその障害によってなぜ病気が起こるのかを解き明かしたいと考えています。

  2. 本領域の内容
     メンブレントラフィックの専門家5チームが、種々の輸送経路について細胞内ロジスティクスと病気の関係を分子細胞生物学の手法を駆使して研究します。さらにこれらのチームと共同で、情報科学・工学チームが物流解析に役立つ画像デジタル解析システムの開発を、ケミカルバイオロジーチームが物流の人為的制御を可能にする化合物の探索を行います。

  3. 期待される成果
     生命の基本単位である細胞の複雑な営みの一端が明らかになります。メンブレントラフィックは多くの生体機能に関係するので、その知識は様々な分野で役立つでしょう。また病気が起こるメカニズムを知ることは、その予防や治療方法の開発にとても重要ですし、発見した物流制御化合物は薬剤として応用できる可能性があります。新しい画像解析技術は、この分野だけでなく他分野の研究にも有用で、さらには細胞のシミュレーションという未来分野創造の第一歩となります。

〔キーワード〕
メンブレントラフィック:細胞内の種々のオルガネラ間を、膜構造の動きによってタンパク質や脂質などを運搬するシステム。
ロジスティクス:産業における概念で、消費動向等に合わせた原材料の調達から製品消費までの物流の総合的管理を指す。元々は兵站を意味する軍事用語。


copyright © 細胞内ロジスティクス:病態の理解に向けた細胞内物流システムの融合研究 all rights reserved