細胞の正常な増殖や分化、さらには神経系や免疫系などの高等多細胞生物特有の高次機能の発現のためにも、合成された蛋白質はその所属すべきオルガネラに正しく輸送されなければなりません。小胞体からゴルジ体を経て、エンドソーム、リソソームや細胞膜を結ぶいわゆる分泌系や、エンドサイトーシスにおける蛋白輸送は小胞輸送によって担われています。またこれらの、分泌系を構成するオルガネラそのものの形態形成や維持も小胞輸送のインとアウトのバランスによって制御されていると考えられます。私たちの研究室では、小胞輸送の分子機構と、その異常に起因する疾患に関して、以下のような研究テーマにそって研究しています。
i)AP複合体の機能解析
一般にゴルジ体以降の分泌系およびエンドサイトーシス系における蛋白質の選別輸送は、輸送される蛋白質の細胞質領域に存在するシグナル配列を必要とします。私たちは、最も頻繁に見られるシグナル配列のひとつであるチロシン・モチーフYXXφ(Yはチロシン、Xは任意のアミノ酸、φは大きな疎水性側鎖を持つアミノ酸)がクラスリン被覆小胞の被覆成分のひとつであるAP複合体のμ鎖と結合することにより、このシグナルを持つ膜蛋白質がクラスリン被覆小胞に取り込まれることを世界に先駆けて明らかにしました(Ohno
et al., Science 269: 1872, 1995)。
チロシン・シグナルはエンドサイトーシス、リソソームやトランスゴルジ網(TGN)への局在、あるいは極性を持つ上皮細胞での側基底面細胞膜への輸送などの多様な輸送経路に関与することが知られています。私たちは、AP複合体が分子ファミリーを形成しており、異なる輸送経路のそれぞれに特異的なAP複合体が備わっていることにより、チロシン・シグナルによる輸送の特異性が保たれている可能性を示しました。
また、上皮細胞特異的に発現するAP複合体の新たなサブユニットμ1Bをクローニングし、μ1Bを含むAP-1B複合体が、上皮細胞における極性輸送に関与することを示しました(Ohno et al. FEBS Lett. 449: 215, 1999; Foelsch et al. Cell 99: 189, 1999)。μ1Bを欠損する上皮細胞株は、上皮特有の単層状の増殖形態を示さず、重層して増殖する傾向があることから、μ1Bは上皮細胞の発生分化や極性形態の形成、さらには癌化や、癌細胞の浸潤転移に関与する可能性も考えられます。
現在、上皮細胞特異的に発現するAP-1Bおよび神経細胞特異的に発現するAP-3Bのサブユニットの遺伝子欠損マウスの樹立を行っており、これらのマウスや培養細胞株を用いたin vivo, in vitroの解析から、AP複合体の機能の解明を目指しています。AP-3B欠損マウスは既に完成しており、ヒトのてんかん発作様の一過性のけいれん発作を起こすことがわかっています。
ii)上皮細胞の分化制御因子の検索
マウス奇形種細胞株F9細胞は、特定の条件で培養することにより上皮細胞へと分化することが知られています。私たちはこの系を利用して、DNAマイクロアレイ法による上皮細胞への初期分化を制御する遺伝子群の同定を試みています。
iii)特殊な腸管粘膜上皮細胞−M細胞−の分化機構および機能の解明
パイエル板をはじめとする腸管関連リンパ組織(GALT)を覆う粘膜上皮層には、特殊に分化したM細胞と呼ばれる粘膜上皮細胞が点在し、食餌性抗原や腸内細菌などを積極的に取り込んで免疫組織に提供することにより、腸管局所および全身の免疫応答調節に重要な役割を果たしています。M細胞は通常の粘膜上皮細胞と共通の前駆細胞から分化しますが、分化の分子機構は不明です。M細胞はアピカル(腸管内腔側)からバソラテラル(基底膜側)へのトランスサイトーシスが非常に盛んであることや膜蛋白質の発現パターンの違いなど、通常の粘膜上皮と箱となる特徴を有していますが、その分子機序は明らかではありません。私たちは、マウス腸管組織や、ヒト大腸がん細胞株Caco-2を用いたin
vitroでのM細胞分化誘導系を用いて、これらを明らかにすることを目指します。
By H. Ohno April/2/'03