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  メンブレントラフィックとは  
   

 私たちの特定領域研究の最終目標は,細胞内における蛋白質の選択的な輸送機構の全貌解明です。細胞はそれ自体が膜で出来た袋のような構造ですが,その中はさらに小さな細胞内小器官といわれる膜の袋で満たされています。細胞が正常に働くためには,新たに合成された様々な蛋白質が前述の細胞内小器官に正しく運ばれなければなりません。正常な蛋白輸送の障害は種々の遺伝病の原因となります。またウイルス、細菌などの細胞内寄生体には,細胞自身の輸送系を利用して侵入するものがあること,さらにウイルスの中には私たちの免疫機構に必要な蛋白質の輸送を妨げることにより免疫系から逃れるものがあることが明らかにされています。ですから細胞内蛋白輸送の研究は,基礎生物学の研究であると同時に,遺伝病や感染症の病態を理解し,その治療法の確立にも繋がる医学研究でもあります。

 このように書くとちょっと取つきにくいかもしれませんが,次のように考えるとどうでしょうか。細胞が私たちの暮らす社会だとすれば,細胞内小器官は市役所,警察,消防署,銀行などの異なる機能を持った職場にたとえることができます(図)。そして,そこで働く職員が蛋白質です。市の職員は市役所で,銀行員は銀行で仕事を遂行するのであり,本来の職場と違う場所では能力をフルに発揮できません。人が自宅から交通機関を使って職場までたどり着くように,蛋白質の場合も,正しい細胞内小器官まで運んでくれる機構がちゃんと細胞に存在します。新しく合成された蛋白質は,(もちろん例外もありますが)トランスゴルジ網やエンドソームと呼ばれる細胞内小器官に運ばれ,そこからそれぞれの最終目的地である細胞内小器官に分別輸送されます。これは種々の小器官を結ぶシャトルバスのようなもの(これも膜でできています)で行われます。ここで大事なことは、バスが正しい目的地に向かうことと間違ったバスに乗らないことです。最近の研究から,運ばれる蛋白質は特定のアミノ酸(蛋白質はすべて約20種類のアミノ酸がいろいろな順番でつながった鎖状の物質です)配列からなる,いわば行き先の書かれた切符のような役目をする「シグナル配列」を持つこと,また各小器官を結ぶ経路ごとに独自のバスがあることがわかってきました。輸送が正しく行われるためには,それぞれのバスは自分が運ぶべき蛋白質のシグナル配列を識別してその蛋白質を乗せなければなりません。

 膜で出来た交通機関による細胞内蛋白質輸送はいろいろな生体の機能と密接に結びついています。たとえば、私たちの体を病原体などから守る仕組みである「免疫系」や、私たちが考え、行動し、話したり読み書きしたりということを可能にする「神経系」などの高度な生命活動もこの輸送によって実現されるのです。本特定領域の研究によって得られた成果が近い将来社会の役に立つことを願っています。

 
【図の説明】細胞の中には種々の細胞内小器官が存在します。このうち,トランスゴルジ網およびエンドソームは駅やバスセンターのような役割を持ち,これらの小器官とリソソームや細胞膜など他の小器官を結ぶシャトルバスのような働きを持つ膜構造(図中に小球として示してあります)により,蛋白質はそれぞれが局在するべき小器官へと選択的に運ばれます。小器官を結ぶ各経路には異なる輸送用の膜構造が存在すると考えられており,図中では異なる色で示しました。