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  研究目的と意義  
   
 
領域研究の必要性

 真核細胞の内部は種々のオルガネラで満たされており、細胞が正常に機能するためには、細胞内で合成される数万種類にも及ぶ蛋白質のそれぞれがその所属すべきオルガネラに正しく輸送される必要がある。中でも、小胞体、ゴルジ体、エンドソーム、リソソームなどの分泌系のオルガネラ間および細胞表面からのエンドサイトーシスにおける蛋白質輸送は、脂質2重膜からなる輸送小胞によって精妙かつダイナミックに制御されており(図1)、メンブレントラフィックと総称される。新たに合成された蛋白質は小胞体へと挿入され、ゴルジ体を経てトランスゴルジ網(trans-Golgi network; TGN)へと輸送される間に正しい高次構造への折りたたみや糖鎖の修飾などを受ける。
図1 メンブレントラフィックの基本型:小胞輸送 TGNに達した蛋白質は、細胞膜、エンドソーム・リソソーム、さらには内・外分泌細胞においては調節性分泌顆粒などへと選別輸送される。また、細胞外から細胞膜を経てエンドサイトーシスされた蛋白質は通常エンドソームへと輸送され、そこからさらに細胞膜へとリサイクリングされるもの、リソソームへと運ばれるもの、TGNへと輸送されるものなどに選別される。細胞は個々の輸送経路に対して個別の輸送小胞を用意することにより、このように多様な輸送経路網の発達を可能にしてきたと考えられる(図2を参照)。メンブレントラフィックは細胞が正常な生命活動を営むために必須なばかりでなく、シナプス伝達における神経細胞による神経伝達物質の放出や血糖の上昇に反応しての膵b細胞からのインスリン分泌をはじめとする調節性分泌、あるいは免疫応答におけるマクロファージ・樹状細胞による病原微生物などの取り込みとそれに引き続く抗原ペプチドへの分解と抗原提示など、高等多細胞生物特有の高次機能を支える細胞の基本的活動としても重要である。したがってその破綻は当然遺伝病をはじめとする種々の疾患に直結している。メラニン顆粒や血小板顆粒などのリソソーム関連オルガネラの形成不全により色素沈着異常や出血傾向を呈するHermansky-Pudlak症候群が、輸送小胞の形成を制御する分子(AP複合体ファミリー)の遺伝子異常に起因するとの報告は記憶に新しい。また、HIVをはじめとするウイルスや細菌には、宿主のメンブレントラフィックを利用して細胞内に侵入したり細胞から出芽したりするものが多数あること、さらにウイルスの中には感染した細胞の蛋白質輸送系を妨害することにより免疫系から逃れるものがあることが明らかにされている。したがってメンブレントラフィックの研究は,基礎生物学の研究であると同時に,遺伝病や感染症の病態を理解し,その治療法の確立にも繋がる医学・生命科学研究でもある。

 本領域の目的は、酵母から高等多細胞生物に至るまで全ての真核生物において多様な機能を担うメンブレントラフィックの生理的・病理的意義を、分子・細胞・組織・個体のあらゆるレベルで明らかにすることにある。本領域は、平成10-13年度の特定領域研究B「小胞輸送-細胞内メンブレントラフィックの分子機構-」を基盤とし、その内容を質・量ともにさらに発展させようとするものである。また、メンブレントラフィックは多様な生命活動の基礎となる細胞機能であることから、他の研究分野とのオーバーラップも多く、学際的・横断的な研究領域としての側面も持つ。この様な観点から、公募研究を設けて若手研究者の新たな発想や境界領域の研究者による学際的研究に対する支援体制を整えるためにも、特定領域研究として推進する必要がある。本領域研究によって得られる成果は、生命現象に対する理解を深めると同時に、メンブレントラフィックの破綻に起因する病態の理解から診断法や治療法の開発へと続く医学上の展開の基盤ともなるものである。
 

 
  特定領域を推進するに当たっての基本的考え方

 今回申請する特定領域研究は、メンブレントラフィックの生理的・病理的意義を分子、細胞、組織、個体のあらゆるレベルで明らかにしようとするものである。したがって研究対象においても、また技術的にも様々な角度からメンブレントラフィック研究を推進している研究者を計画研究代表者とすることにより、重点的かつ有機的に領域研究を展開する。また、先にも述べたようにメンブレントラフィックは多様な生命活動の基礎となる細胞機能であり、他の研究分野とのオーバーラップも多く学際的・横断的な研究領域としての側面も持つことから、この様な境界領域で活躍する研究者や、新たな独自の発想を抱く若手研究者を積極的に支援するための公募研究を設ける(概念図も参照)
 
   
  概念図  
   
 
図2 メンブレントラフィックの「道路地図」 研究組織は、総括班、計画研究10件、公募研究約20件で構成する。メンブレントラフィックの研究は全体として密接に関連性を持ち、一人の研究者が複数のオルガネラ、酵母と高等真核生物細胞、分子機構と高次機能、などに関して複合的な研究を展開していることも多く、研究手法も分子遺伝学、生化学、形態学などを駆使する必要がある。したがって例えばオルガネラ、機能分子、あるいは研究の方法論などによって研究項目を細分化することは実態にそぐわず、領域研究を推進する上でもかえって障害となる危険性があることから、研究項目は領域全体で1つとする。領域内の各研究課題が有機的に結びつくことの利点は枚挙にいとまがないが、以下にその代表的な例を挙げる。輸送小胞の形成・積み荷蛋白質の選別(図1のステップ1)、輸送(ステップ2)、融合(ステップ3)の各ステップはそれぞれ異なる分子群によって制御されており、ステップ毎の分子機構はかなり解明されてきたが、輸送小胞の形成から融合による輸送の完了までのメンブレントラフィックの時間・空間的な制御における各ステップの制御分子群の協調機構は全くわかっていない。したがって各ステップの研究者が領域に集うことにより、これらの問題の解決・新たな概念創出への展開が期待できる。また、小胞体-ゴルジ体間、あるいはゴルジ体-エンドソーム間など異なるオルガネラ間を結ぶメンブレントラフィックの各ステップは異なる分子群により制御されている場合が多い。それらは相同性を持つ分子ファミリーである場合もあるし、類似のステップを制御しているにも拘わらずほとんど相同性が見られない場合もある。図2に示すように、異なるメンブレントラフィック経路の研究者が計画研究代表者として領域に集い密接に交流・意見交換することにより、異なる経路で働く輸送小胞の形成機構の異同が明らかとなれば、メンブレントラフィックの理解が深まるばかりでなく、細胞機能の発達・多様性の獲得機構などの普遍的概念の提唱にも繋がる。また、リアルタイム可視化、3次元電子顕微鏡による細胞内超微細構造観察、遺伝子改変技術などの先端技術の領域内での相互利用・技術提携は、領域研究を加速的に推進するにとどまらず、次世代技術の開発というさらなる技術革新への展開も期待される。

 以上述べてきたように、総括班・計画研究をコアに公募研究も含めた領域全体が一体となってメンブレントラフィックの解明を追求することにより、まさに特定領域研究の特色を最大限に活かした領域運営を目指す。

 
メンブレントラフィック